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約束18

小風丸と夏巳が高い木の上に登ると、人喰い妖怪の山祟りは、凄い速さでその木のド真ん中へぶつかって来た。

 

ぶつかった衝撃で、高い木の上から落ちそうになる夏巳と小風丸。

 

二人はなんとか体勢を直し、ガサガサと揺れる木の枝に必死でしがみついた。

 

木にぶつかって地面に倒れた山祟りは、数秒間 沈黙した後。

パラパラと自分の体に落ちてくる。小さな木の葉を、長く伸びた細い手で鞭を打つように強く振り払い、大きな叫び声をあげた!

 

木の上に隠れていた小風丸と夏巳は、山祟りの怒りの叫びを聞いて恐怖を感じた。

 

山祟りはあまりの怒りに、全身の白い毛が赤茶色に変わり。

夏巳が初めて見た時よりも、少し膨張しているように見えた。

 

小風丸と夏巳は、高い木の上に自分たちが隠れていると山祟りに気付かれないように、静かに息を潜める、──すると。

 

 

──バキバキ……バキッ!

 

夏巳と小風丸がしがみついた高い木の枝は、バキバキと音を立てながら折れ、二人は高い木の上から真っ逆さまに落ちてしまう。

 

「うわぁー!落ちるー!」

 

山祟りのふわふわとした体毛がクッションとなり、夏巳と小風丸はなんとか無事だった。

 

しかし自由自在に伸びる。山祟りの細い腕は、ロープのように夏巳と小風丸の体に素早く巻き付いて、二人を捕らえる。

 

「うわぁっ!は、離せぇー!」

 

小風丸は懐から隠し持っていた、小さな短刀を取り出し。自分の体に絡みついた山祟りの腕を斬り落とした!

 

斬り落とされた山祟りの腕からは、また新しい腕が、ニョキニョキと生え代わり。またすぐに小風丸の体に巻きついて捕らえる!

 

小風丸はまた何度も短刀で山祟りの腕を刺したが、今度はビクリともしない。

 

一度手を切り落とされた時、山祟りは学んだ。だから新しく生えた腕は、前よりもずっと頑丈になっていた

 

「クソッ!離せ!離せー!」

 

小風丸が自分の体に巻きついた腕を何度も刺すと、山祟りはさらに怒り。小風丸を前方にある大木のど真ん中に叩きつけた!

 

「うっわぁ、──やめろ!!」

 

大木に強く叩きつけられ。逆さまになってぐったり倒れる小風丸、間近でそれを見た夏巳は恐怖で震えた。

 

夏巳が怯えて動かなくなったと理解した山祟りは、ふわふわとした体毛に隠された大きな口をゆっくりと開ける。山祟りは、目の前にいる夏巳がご馳走に見えた。

 

──オレ、コイツに喰われる?

 

ヨダレを垂れ流しながら、捕らえた夏巳を口の中に入れようとした、──その瞬間。

 

赤い閃光のような一本の鋭い矢が、夏巳の耳元を素早く横切り。大きく開いた山祟りの口の中を、勢いよく貫いた!

 

山祟りは痛みに驚いて悲鳴をあげ、食べようとした夏巳を思わず地面に放り投げてしまう!

 

「──痛ッ!」

 

地面に叩きつけられるように、山祟りから放り投げられた夏巳。体全部があまりの痛みに涙目になってしまうが、なんとか痛みを堪えた。

 

山祟りの口の中を貫いた赤い閃光のような矢は、そのまま地面に突き刺さり。

 

まるで血を吸ったように赤黒い色へ変わり爆発音を立てながら山祟りの体を、燃え盛る火達磨に変えた。

 

この世の物とは思えないような、山祟りの叫び声が山の中で響くと、大きな紅の翼をバサバサ羽ばたかせながら上空から炎焔坊が舞い降りて来た。

 

「小風丸……何故そんな所で寝ている?」腕組みしながら炎焔坊が言った

 

 

「アイタタ……だ、だって〜刺せなくなるくらい山祟りがあんなに硬くなるなんて、聞いてないし……少しはボクの心配をして下さいよ!」

 

 

大木の下で逆さまに倒れたまま、目を覚ました小風丸が慌ててそう言うと、炎焔坊は呆れた子だと言わんばかりのがっかりとした顔をした。

 

 

「うっう……」

 

そんな小風丸と炎焔坊の会話を近くで聞いていた夏巳は、その場から動けなくなり地面にへたり込んでいた。

 

「──夏巳くん 大丈夫か!?」

 

それに気付いた炎焔坊が慌てて、動けなくなっている夏巳のそばに駆け寄った。小風丸も、すぐにヒョコっと立ち上がり炎焔坊の後についていく。

 

「大丈夫ですよ〜。山祟りにちょっと吹っ飛ばされただけですから、ただのかすり傷ですって」

 

夏巳を心配する炎焔坊と違って、ダルそうに小風丸がそう言うと炎焔坊に手を引かれて、黙ったまま立ち上がった夏巳の姿を見て、小風丸は驚いた。

 

「あーあ!!」

 

それは何故か? 夏巳の着ているパジャマは上が泥だらけで汚れているが、下は水でもぶっかけられたように、びちょびちょに濡れていたからだ。

 

「夏巳くん……もしかして 漏らしたのか?」

 

炎焔坊がすごく心配そう顔でそう言うと、夏巳は今まで心の中で堪えてた、いろんな気持ちが全部 一気に弾け飛んだ。

 

「う、うっ……うわあぁーー!!」

 

「夏巳くん 急にどうしたんだ!?」「うわぁっ。泣いた!?」泣き叫ぶ夏巳の姿を見て炎焔坊と小風丸は驚愕した。

 

 

「もう嫌だ……!なんでオレだけが、こんな酷い目にあわなくちゃいけないんだよ!どいつもこいつも好き勝手な事ばっかりしやがって、もう最悪だ! うわあぁーん」

 

夏巳はおもいっきり泣いた。ただ、おしっこを漏らしをしたから泣いた訳じゃない。

 

今まで起きたいろんな事、全部が重なりあって破裂してしまったのだ。

 

そのいろんな事とは、新しい環境に馴染めるか不安だったり。緋天山にいる怖い人喰い妖怪の存在だったり。

 

夏巳が通っていた前の小学校で、不登校になった原因だったりと、様々なモノだった。

 

その中には、炎焔坊が自分を助けに来てくれた嬉しい気持ちとか。初めて会った時に聞いた声よりもずっと、泣いている自分に炎焔坊がかけた声が優しかった事も入っていたのは、夏巳だけの秘密になった。

 

 

「な、夏巳くん 落ち着きなさい……汚れた服はまた洗えばいいじゃないか? そんなに気にするな」

 

ヒクヒク、グスグス泣く夏巳の汚いパジャマやパンツを脱がしながら炎焔坊が言った。

 

「おい、小風丸!」炎焔坊は、ヒクヒク泣く夏巳の泣き顔を見てクスクス笑う小風丸を呼んだ

 

「は、はい。何でしょう!」小風丸はヤバイ!怒られるかも、とハッとした顔した

 

「これはお前が洗って、乾かしておけ。午後には乾くだろう」

 

炎焔坊は小風丸に泥とおしっこでびちょびちょになった夏巳の汚いパジャマとパンツを小風丸に投げ渡した

 

「うっわ!! 汚い……」小風丸は嫌々ながらも汚いパジャマとパンツを見事にキャッチする。

 

炎焔坊は自分の持っていたハンカチで、泣いている夏巳の体を軽く拭くと自分の着ている、山伏装束のような赤い着物を夏巳に着せた。

 

「ブカブカだけど裸でいるよりいいだろう、寺に着くまでの辛抱だ」そう言って炎焔坊は夏巳を抱き上げた。夏巳は恥ずかしくなり無言で頷く。

 

「あの、炎焔坊さま……その」そんな二人の姿を見て、小風丸は炎焔坊に言った。

 

「何だ?」夏巳を片腕に抱えながら炎焔坊が小風丸の方を向いた。

 

「ボクは炎焔坊さまの弟子失格で、その……護炎山に帰らなきゃいけない、はずだったのでは?」小風丸の声はなんだか少し緊張している。

 

「なんだ、そんな事を気にしていたのか?……そんな事はもう、どうでもいい。お前は寺に戻って洗濯して、その服を乾かせ! いいな?」

 

「そ、それじゃ……ボクはまだ炎焔坊さまと一緒に居てもいいと言う事ですか?」

 

「……ああ。そうなるな、いちいち言わすな」

 

「い、いやったーー!!ワーイ。ワーイ」

 

小風丸は飛び上がり!白い翼をバサバサと羽ばたかせながら、空中を飛んで炎焔坊と夏巳の上をひと回りした。

 

夏巳は洗濯して乾かせと炎焔坊にきつく言われた小風丸が、何故あんなにも喜んでいるのか、全く理解する事が出来なかった。

 

びちょびちょに濡れた自分のパジャマとパンツを片手に持って振り回しながら大歓喜する小風丸のそんな姿を見て、夏巳は恥ずかしさが更に増した。

 

 

 

 

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「おーい、おーい。炎焔坊さまが戻って来たぞー!」

 

炎焔坊、夏巳、小風丸の三人が陽焔寺に戻ると僧侶たちはみんな慌しく、炎焔坊の側に集まって来た。

 

夏巳を抱っこしながら戻った事を知った僧侶の一人が、夏巳の祖父 善宗や母親の夏夜子に、それを知らせると二人は慌てて駆けつけた。

 

「夏巳!夜中にお寺を抜け出して……朝になるまでどこに行ってたの!お母さんすごく心配したんだからね!」夏夜子は涙目になりながら夏巳に言った。

 

しかし夏巳は無言のまま俯いて、何も言い返そうとしなかった

 

「夏巳、ちゃんと聞いてるの?」夏夜子は夏巳の手を取り、目線を合わせようとした、けど夏巳は横を向いて黙ったままだった。

 

「夏夜子さん……お久しぶりです。大丈夫ですよ、夏巳くんはもう充分反省してますから」

 

見兼ねた炎焔坊が、夏巳のかわりに返事を返した。さっきまで夏巳が大泣きしていた事を知っている炎焔坊は、夏巳がまた悲しくなって泣き出すのではと少し心配した。

 

「でも、炎ちゃん……夏巳はみんなに心配かけて……」夏夜子も泣き出しそうな声で炎焔坊に言った

 

「ま〜兎に角、無事でよかった。よかった!」善宗は大事な孫が帰って来てホッとしている。

 

「ところで、炎焔坊…… お前なんで夏巳がどこに居たのかわかったんだぁ?」

 

善宗は、無意識に鋭い所を突いた。炎焔坊の隣でその話を聞いていた小風丸はマズイ!と心の中で悲鳴をあげた。

 

「あーいや、それは〜たまたまですよ! たまたま私が通りかかって、夏巳くんを見つけたんです!」

 

「ふーん」善宗は炎焔坊がなんとなく嘘を言っているように思ったが、何か理由があるんだろうと思い、気にしないようにした。

 

炎焔坊がなんとか誤魔化してくれたのが救いだったが、小風丸は内心ドキドキしながら冷や汗が止まらなかった。

 

「夏巳、あなた……なんで炎ちゃんの着物を着てるの? パジャマはどうしたの?」

 

パジャマ姿じゃない事に気がついた夏夜子は、不思議そうな顔で夏巳に聞いた

「山の中で、汚したから脱いだ……」

 

小さな声でそう言うと、早足でその場からすぐに逃げ出そうとした。炎焔坊はそんな夏巳を呼び止めた

 

「夏巳くん……!」

 

炎焔坊に呼ばれて後ろを振り返る夏巳。

 

周りにいた僧侶たちは一安心してみんな宿坊に戻って行った。

善宗は夏巳に冷たくされて、しょんぼりする娘の夏夜子を慰めている。

 

炎焔坊は夏巳の側まで来ると、夏巳の目の前で跪き、夏巳の手を取り目線を合わせた。

 

 

「夏巳くん。これからはこの私……焔 炎焔坊がキミをずっと守るよ」

 

──はぁ!?

 

「だから夏巳くんも私と約束してくれないか?」 

 

「や、約束ってなんだよ。黙って勝手に山奥に入ったりしないとかって事?」

 

「そうだ。それに緋天山だけじゃないんだ、この町では子供の夜歩きとても危険だ。もしキミに何かあったらキミのお母さんがどれだけ悲しむか……夏巳くんも充分それがわかっただろう?」

 

 

「う、うん……まぁ」

 

「だから約束してほしいんだ。もう夏夜子さんが悲しむような危ない事はしないって」

 

──はぁ!? 何だよ、それ!!

 

夏巳は内心、なんで母さんの為にオレと炎焔坊がそんな約束をしないといけないんだ!と思った。

 

けど……あまりにも真剣な目をして自分と話をする炎焔坊に、夏巳は思わず彼の手をギュッと握り返してしまっていた。

 

「わ、わかったよ……約束するよ!」

 

夏巳はだんだん恥ずかしくなり、慌てて炎焔坊の手を放して、目線をそらした。

 

炎焔坊は照れる夏巳の顔を見てにっこりと微笑んで言った。

「夏巳くん、どんなに辛く苦しい災いがキミに降りかかろうとも、私はその全ての事から、必ずキミを守っていくよ」

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