【火焔の紅狸奴天狗 炎焔坊】​14

妖怪の男に助けられ、命拾いした夏巳。

薄暗かった闇の空は眩しい朝焼けの光にかき消えていった

 

上空で抱き抱えられ唖然とする夏巳の顔を見て、妖怪の男 炎焔坊はニッコリと笑った

 

紅の翼が羽ばたく音と流れていく川のせせらぎ、山鳥たちのさえずりが夏巳の耳に聞こえたのは──その数秒後の事だ

 

「夏巳くん。もう一人の子はどうしたんだ? 子供は二人 山奥に入って行ったと聞いたのだが」

炎焔坊がそう言うと夏巳のポカンとした顔は一瞬で我に返った。けど自分が置かれている状況が今一理解できず 気が動転した

「な、何なんだよ お前……!? 何なんだ! 離せ! 離せよ!」

「おおっと、危ない。暴れると下の川に落ちるぞ?」

「うるっせぇーよ! 離せ妖怪! お前もどうせ人喰い妖怪だろ! 離せよクソ野郎!」

「全くなんて口の利き方をする子なんだ、私は命の恩人だぞ……? 夏夜子さん……厳しく育てますと言って一人で寺を出て行ったはずだったが、随分甘やかしたんだな」

「知るかよ、そんな事! さっさとオレを離せー!」

「わかったわかった 離してやる。だが、この高さから落ちて無傷でいられると思うな、落ちたら普通に即死だ。運良く助かったとしてもこの川は見た目より穏やかではないぞ、流れも早いしすごく深い」

「……(汗)」

「そのまま海まで流されて溺れるだけだ。それでもいいか?  ちなみに川の水もめちゃくちゃ冷たい。人間は遊泳禁止だからな」

下の流れていく天雨川を見て 夏巳は急に怖くなり、思わず炎焔坊にガシッとしがみついた

「──や、やっぱ離すなっ……!」 

「分かってくれればいい、一旦下に降りる。夏巳くんは大人しく私にしっかり掴まってなさい、大丈夫。キミを助けに来たんだ」 

なされるがまま何も抵抗出来ない自分にイライラする夏巳、心の中で炎焔坊に向かって悪態をついた

──くっそー! 何なんだよコイツ……オレを助けに来た? 母さんの事やオレの事を知ってるみたいに言いやがって!──まさか……母さんが爺ちゃんの他に寺で会わせたい人がいるって言ってた人って、もしかしてコイツのこと?

「うっわぁ!」

炎焔坊が急加速して地上に降り立つと、空から小風丸が白い翼をバサバサと羽ばたかせ、二人の側へ慌てて近づいて来た

「炎焔坊さまー、炎焔坊さまー大変です! 大変っ!」

「遅いぞ、小風丸 どこで道草を食ってた?」

──なんか変な妖怪もう一人来たっ!?

「ち、違いますよっ! ボクも人間の子供たちをずっと探してたんですよ? って、あー。なんだぁ、もう一人で見つけたんですか? さっすがですねぇ」

抱き抱えられているからか? 夏巳は、小風丸が来てから炎焔坊が妙にイライラしているように感じた

「……」

──小さい妖怪……もしかして、子供の妖怪なのかな?

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──数時間前。

「全くなんて悪い子だ! 真夜中に人間の子供たちを山奥に行かせるなんて……」

「だってぇーっ」

「だってじゃないだろ。何を考えている、お前はまた私に恥をかかせたいのか!?」

炎焔坊の怒りの滲んだ声は夜の空に響いた

自分のやらかした悪いおこないがバレてしまい、怒られて相当なショックを受ける小風丸

「ボク人間はあまり好きじゃありません……おじいちゃんはお小遣いをいっぱいくれるから好きだけど」

「だからと言って見殺しにしていい理由にはならないだろ」

「まだ殺されたとは限りませんよ、山奥で迷子になって泣いてるだけかも? 希望は捨てちゃいけません」

「何が希望だ……夜中に緋天山の奥に行けば、どうなるかぐらい、知ってるだろ! 何故見て見ぬ振りをしたんだ?」

「ボクはただ炎焔坊さまのことを思って……」

「もう、いい。前々から考えていたが、──お前は六葬坊のいる護炎山へ戻れ。」

「えぇっ!? それって……破門って事ですか? 嫌ですよ! 姉さんたちに立派な大天狗になるまで絶対に戻ってくるな! 

ってキツく言われてるのに!」

「私の言うことも聞かないし、サボってばかりで修行も碌にしてないだろう?」

「それは炎焔坊さまの考えた修行内容があまりにも楽しくないからで……」

「楽しい修行なんかあって、たまるか」

「とにかくボクは嫌です……っ!護炎山にいる天狗たちは姉さんも含めて、みんな高慢ちきで乱暴な奴らしかいないから絶対に戻りたくない!」

小風丸は自分の首を左右にブンブン振りながら炎焔坊の言う事を全て拒んだ。

「もう、決めた事だ……」

「い、嫌だ!嫌だ!考え直してください 炎焔坊さま!ねぇ!炎焔坊さまっ!ねぇってば!」

「……話は終わった。寺に戻ったら荷物まとめて支度をしておけ、夜が明けたら護炎山の近くまで送ってやる。私は山奥に入って行った子供たちを探しに行く」

 

炎焔坊は急加速して空を飛んで行った

その後ろ姿を見た小風丸は慌てて彼の後を追いかけた

「ボ、ボクも探すの手伝いますからっ! だからお願い…… 炎焔坊さま 待って下さい!」

 

 

 

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「……」

「いやいや! それより大変ですよ! 山祟りが物凄い速さで緋天山を下りて街に向かってます!」

「なんだと? 山祟りが街に……そうか、わかった。なら仕方がないな」

──山祟り? オレを追いかけてきた、あの毛玉みたいな妖怪のことかな?まだオレを探しているのか?

いや、多分違う。きっと何処かへ逃げる気なんだ、アイツすごく怯えてた……炎焔坊は怒ると、とっても怖いんだって。

山祟りが山を下りて町へ向かっていると小風丸から話を聞いた炎焔坊は一瞬とても冷たい目をした、夏巳はそれに気がついた

しかし、この日を境に緋天山を中心とした妖怪と妖怪

そして特別な力を持った人間たちの、長く激しい戦いをこれからずっと目の当たりするハメになるとは、この時の夏巳はそんなことを頭にポンと思い浮かべて想像する余裕すら無かった──