【真っ赤なベットルーム】19

朝の冷たい風が止み、午後の暖かい日差しが陽焔寺を照らしだすと、夏巳は暗い夜から明るい朝にかわるまで自分の身に起こった、数々の怖い出来事を思い返していた。

 

炎焔坊と「母さんが悲しむような、危ない事はしない」と約束した後、夏巳はすぐ風呂場に行き。

泥やおしっこで汚れた自分の体を、キレイに洗い流した。清潔な石鹸の香りと温かい風呂の湯は、夏巳の疲れた体を癒してくれた。

 

 

──はじめて見た……緋天山にいる人喰い妖怪 山祟り。そして自分を助けに来てくれた妖怪 炎焔坊と小風丸。

 

もしも、あの時。炎焔坊が助けに来てくれなかったら……

 

「山祟りに喰われてオレは死んでいたのかもしれない」そんな嫌なことばかりが、夏巳の頭の中をぐるぐると駆け巡っていった。

「なっちゃん、なっちゃん お昼よー。 早く起きなさーい」

夏巳の部屋の襖をスパン!と開けて、母親の夏夜子は慌しく部屋の中に入って来た。

今日は朝から一緒に出かけるはずだったのに、いつまで待っても起きてこない夏巳に、夏夜子は少し呆れていた。

夏巳は夏夜子の顔をチラリと見ると、彼女に背中を向けて黙ったまま布団の中に潜り込んだ。

布団の中に潜り込んだ夏巳の姿を見て、夏夜子は深くため息をつくと、夏巳の被った布団をすぐに剥がした。

 

「朝まで起きてたから、眠たいのはわかるけど……お昼ご飯はちゃんと食べてよね!」そう言って夏夜子はキッチンに戻って行った。

 

「う〜。わかったよ……」夏巳は横になったまま自分の膝を抱えて丸くなり、嫌そうな声でポツリと言った。

 

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洗面所で顔を洗い、掛けてあった清潔なタオルで顔を拭くと。洗面所の棚には、夏巳が前から使っていた歯ブラシがすでに置いてあった。

 

寝ている間に「母さんが準備して置いといてくれたのかな?」と夏巳はぼんやり思った。

歯ブラシを取り、シャクシャク歯を磨きをしながら、自分の情け無い顔を鏡の前で見つめる夏巳。

──じいちゃんの家に来てから、母さんがだんだん強気になっているように感じる。

そんな事をぼんやり考えながら歯磨きを終えて、夏夜子のいるキッチンに行くと、テープルにはホカホカの白いご飯と具だくさん味噌汁。美味しそうな焼き魚が並べられていた。夏巳の好きなシャケのバター焼きだった。

 

黙ったまま夏巳が椅子に座ると、夏夜子は「はい。お箸」と夏巳に箸を手渡した。

 

夏巳は箸を受け取り、昼ご飯を食べ始める。夏夜子は冷蔵庫から冷えた酒瓶を取り出し、丸いお盆の上に置いていた。

 

その取り出されたお盆の上には、夏巳からはよく見えなかったが、おつまみらしき物が置いてあった。

 

味噌汁を啜り、昼ご飯を全部食べ終えると夏巳は椅子から立ち上がる。すると

 

「はい、食べ終わったらコレ 炎ちゃんと小風丸ちゃんに持って行ってね!」

 

そう言って夏夜子は、手に持ったお盆を半ば強引に夏巳に渡した。

 

「はぁ!? なんでオレが!? 母さんが持ってけばいいだろ!」

 

「夏巳……昨日、山奥で迷子になったのを炎ちゃんたちに助けてもらったでしょ! それを持ってちゃんとお礼を言ってほしいの……」

 

「お礼って……オレどこに居るのかもわからないし」夏巳は丸いお盆を受け取った。

 

「炎ちゃんと小風丸ちゃんの部屋はね、家を出てすぐ裏側の通り道を、真っ直〜ぐ行くと赤い五重の塔があるの! その塔が二人の居る部屋になってるから今から行ってきてね!」

 

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夏巳は、夏夜子に渡された酒瓶とおつまみの皿をのせた丸いお盆を持ち、家の裏側にある通り道をゆっくりと歩いていった。

 

その裏側の通り道は、石の階段になっていて、前へ進んでいくと段々坂道になっている。

 

夏巳は歩いて来た坂道をふと振り返り、夏夜子がいる家や寺の敷地を上から見下ろした。

 

夜に見た時とはなんだか少し違う。昼間の陽焔寺は、とても静かで穏やかな風が吹いている。

 

炎焔坊と小風丸が居る。真っ赤な五重の塔の前につくと、夏巳は恐る恐る塔の中へ入って行った。

 

塔の中へ入ると、中には、仏像や法具。夏巳がまだ見たことの無いような不思議な物が沢山置いてあり。

 

中心には大きな心柱と、上の階へ行くための階段があり、夏巳はその階段をゆっくりと上って行った。階段は真っ赤な色をしていてとても美しかった。

 

「……本当にここに居るのかな? なんか、倉庫の中にいるみたいだ……おっと」 

 

夏巳は、お盆の上にのせた酒瓶を危うくひっくり返しそうになった。けど、なんとか階段を上がり。

 

あの朝焼けの中で出会った妖怪の男、炎焔坊の居ると所に着いた。

 

炎焔坊の部屋は薄暗く、壁は赤い色をしていて。窓際には、真っ赤な大きいベッドが置いてあり。窓は開けっぱなしになっていて、日の光を遮るように真っ黒いカーテンがかけられていた。

 

風通しも良くてまだ昼間なのに、夏巳はなんだか涼しく感じた。真っ赤なベッドの近くには、小さなテーブルがあり。夏巳は持ってきた酒瓶とおつまみの皿をその小さなテーブルの上に置いた。

 

夏巳が真っ赤なベッドの側に近づくと、炎焔坊の黄金色の長い髪と大きな背中が見えた。

 

──寝てるのかな?

 

真っ赤なベッドは手で触るとふかふかしていて、とても寝心地がよさそうだった。夏巳は炎焔坊の寝顔をこっそり覗き見ようと、少しだけつま先立ちになり、背を伸ばそうとした。その時

 

「うっ、わぁあっ!!」夏巳は何かを踏んづけてしまった!

 

──むぎゅっっ!

 

踏んづけたものは柔らかくて長細い、猫のしっぽだった。猫は「ウニャァッ!」と大きな泣き声を上げてベッドの下から勢いよく飛び出した!

 

どうやら開けっぱなしの窓の外から、炎焔坊の部屋に勝手に入り込んだようだった。猫には首輪は無く。真っ黒なただの野良猫だった。

 

飛び出した野良猫に驚いてしまい。夏巳はベットで寝ている炎焔坊の上に倒れ込んでしまった!炎焔坊はすぐに目を覚まし、咄嗟に夏巳を自分の体で受け止めた。

 

手に持っていたお盆を床に落としてしまい。お盆は、カターンッ!と大きな音を立てて壊れた。

 

「なんなんだ……夏巳くん?……私の上で何をしてるんだ?」夏巳を抱きしめたまま炎焔坊は、不思議そうな顔して言った。

 

「あっ、いやっ!その……これはその オ、オレは!母さんに言われて!」夏巳は恥ずかしくなり、真っ赤な顔をして慌てて起き上がった!